先の令和8年度総会時に、急遽提出致しました唐人神社移転に関する議案に関し、複数の会員から、もっと丁寧な経緯説明があった後の採決が望ましいのではないか、とのご指摘を受け本件に関する議題に特化する形での臨時総会を開催することでご理解を得たと認識いたしております。 その折に、判断の基準として唐人町や唐人神社の歴史や経緯を取り纏め提示すべきではないかとのご意見があり、私(副島)が知りうる範囲で資料を取り纏めました。

皆様も既承の通り、唐人町は始祖高麗人・李宗歓創町より今年で427年を迎えております。 1991年に唐人町の将来のビジョン・コンセプトを描いた「唐人町ライフワークステーション構想」の中で1999年の創町400年祭を催行するための準備をすることになり、その歴史を取りまとめる作業に入りましたが、歴史専門家でもない我々が400年の歴史を紐解く事は困難で8年間にある程度解明できたのは1591年からの50年間程でした。 その取り纏め内容に関しては、前出の「唐人町ライフワークステーション構想」中の「唐人町物語」に取り纏めており、その他の資料に関しては別途PDFに取り纏め、HPに掲載しております。

さて、本題の「唐人神社(宗歓碑)」に関しては、400年祭の事業中に紐解くことが出来ず、何時・誰が建立したかは定かではなく、認識している歴史としては下記に箇条書きした内容になります。

・宗歓碑・唐人塚と称する石塔が現在の唐人2丁目2-10,2-11の間に時期不明であるが存在していた
・昭和31・32年(1956,57年)に昭和6年策定の都市計画道路拡幅工事により宗歓塚は移転を余儀なくされる。
・昭和34年(1959年)唐人町有志により、現唐人1丁目5-9に公民館機能を兼ね備えた㈶唐人町會館設立・建造
・同時に唐人塚も唐人神社として敷地内に遷座 それ以降毎年7月15日を唐人神社例大祭として祭事を行う
・1990年代になり、大型共同住宅が相次ぎ竣工され、多くの新しい住民が増えたことで地域住民との交流を広げるため、例大祭を毎年7月の第2土曜日に変更開催
・2018年㈶唐人町會館老朽化解体による法人解散に伴い唐人神社も居場所が無くなり、
現在の「唐人町まちかど広場」の一角に本遷座場所が決まるまで仮遷座することになった
・2025年「まちかど広場再開発計画」が実行されることになり、「まちかど広場」所有者・佐賀県及び管理者・佐賀市より神社の移転要請があった。
・神社の存続・廃止を含め様々な意見を役員会や班長会議で提示、検討の結果移転場所は「李宗歓」菩提寺である「鏡円寺」のご理解ご配慮により、然るべき時期に境内の一部に移転遷座することで鏡円寺の快諾を得、2025年(令和7年)度総会時にて決定した。
・移転後は、唐人神社と言う呼称ではなく「唐人塚・宗歓塚(仮称)」として、存続させる予定

唐人町の歴史的な下記資料を、唐人町H.P. https://tojin-machi.net/に掲載しておりますのでご参照ください。

なお、資料がかなり多く、また古文書などもあり判読できない部分もありますので、全体を取り纏めた「唐人町物語(1991.3)pdf)をご一読いただく事を
ご推奨いたします。

参考資料

唐人町物語(1991.3)

関連資料PDF開示

資料(縁起「御用唐人町荒物唐物屋職御由緒之次第」)

資料(縁起「御用唐人町荒物唐物屋職御由緒」)

資料(縁起 合本補足)

資料(縁起関連「肥前陶磁史考」)

資料(縁起関連「人づくり風土記」)

資料(縁起関連「佐賀市歴史探訪」)

資料(縁起関連「更紗と李九山」)

資料(縁起関連「九山道清系譜(九教由来)」)

資料(縁起「寺社差上帳 浄土宗由緒上」

動画(일본특집)